大人も思わず見入ってしまうジオラマ世界。原鉄道模型博物館

鉄道模型11

鉄道模型というと一部の熱心な鉄道ファンだけ、というイメージがいっぺんで払拭される空間が横浜にあります。

原鉄道模型博物館は2012年7月10日に初めて鉄道が開通した横浜に原信太郎氏が創設した世界でも指折りの鉄道模型及び鉄道関係コレクションの博物館です。

原氏の鉄道への情熱と飽くなき探究心を博物館のコレクションの魅力と共に見てみましょう。


原信太郎氏という人物

原氏は1919年に東京で生まれました。既に幼少期から鉄道が大好きで、乗る、撮る、そして「一番切符」の収集を始めていました。小学生の時になんと東京から大阪を一人で旅したことがあるそうです。小学6年生のときに模型製作を始め、トタンやブリキの空き缶を使い改良を重ねていったようです。

また海外の鉄道にも興味があったためにそれらを知りたい一心で小学生の時に英語を学び始めると、ドイツ語やフランス語からロシア語等々複数の外国語を習得しました。まさに情熱がなせる業です。東京工業大学工学部機械工学科で鉄道技術を学び、終戦後はコクヨ株式会社で働きます。

原氏はここで開発技術担当として数々の世界レベルの開発をし、個人で技術特許を請願した数は300以上です。膨大な知識を学び得たのは鉄道への情熱が原動力と言っても過言ではないでしょう。コクヨ株式会社を退職した後、原氏は財団法人原総合知的通信システム基金を設立しました。

これは若手研究者の海外論文発表をサポートする基金です。原氏は奥様に感謝の意を示すエピソードも語っています。一番切符を集めていた原氏がヨーロッパ遠征の都合で伊豆急のトンネルの開通日にどうしても行けないという事態が発生しました。

すると遠征から帰ってきた原氏に、奥様が三日間並んで獲得したという一番切符をプレゼントしたそうです。

原氏の作る模型は何が違うのでしょう

研究や観察の為に訪れた国はのべ380カ国にのぼります。こうして各国の鉄道の模型を収集するだけでなく、多数の製作も手がけました。原氏の模型の特徴はレールも車両も鉄でできており、架線から電気を集めていることです。

その為鉄の素材から出る特有の列車の音を発します。鉄は錆びますから維持が大変なのですが、やはり原氏のこだわりがそのような苦労を上回っていたのでしょう。勿論全ての模型の構造は本物の鉄道の技術を熟知している原氏だからこそ作ることができました。

また一般に売られている模型よりも大型のものです。模型に近づいてみるとさらにその技術の高さと精巧さが分かります。食堂車の中の様子や細部の構造まで本物へのこだわりは他ではまず見られません。館内の一番ゲージジオラマの面積は約310平方メートルです。

この中を疾走する模型は臨場感抜群です。尚、2018年時点では館内の撮影が可能ですので、自分なりのアングルを見つけてジオラマを楽しむことができます。

ジオラマの見方

世界最大級を誇るスケールのパノラマはそのまま見ていても十分に楽しめますが更に見方を少しかえてみることでまた発見があります。それは腰を落として目線の角度を下げる、ということです。こうして建物や線路に接近してみるとまたリアル度が格段にあがってきます。

また博物館でもおすすめしているのがあちこちにいる人間の模型を見て想像することです。場所や時間帯(昼や夜の設定に変わります)などを見て向き合っている人の模型を見つけたら会話を思い浮かべ、一人で立っている模型を見つけたら何を考えているのか想像するといつのまにか童心にかえった気分になれますね。

どんなものがみられるのでしょう

「原模型の真髄」では原模型のオリエント急行を含む代表作や製作にまつわるエピソードなどが紹介されています。「語る模型」では鉄道模型を介してそれぞれの時代の文化や歴史を知ることができます。ライブラリーには原氏が子供の頃に書いた車両の図面や海外の資料が見られます。

「フォト・ライブラリー」では原氏の国内外の撮影したアルバムが。「いちばんテツモパーク」では世界最大級のスケールを楽しめるよう観覧席があります。リアルな情景が楽しめます。「横浜ジオラマ」では馬車道や中華街などの街並みが再現されており、夜と昼の風景が楽しめるようになっています。

博物館が継続する理由

博物館では原氏の知識と鉄道愛から鉄道好きな人々を楽しませるイベントを毎年複数開催しています。これがリピーターが多数いる所以です。例えば「きかんしゃトーマススペシャルギャラリー」ではテレビのシリーズで実際に使われていたモデルが館内の広大なジオラマ「「いちばんテツモパーク」を走りました。

また館5周年の際には「原鉄模型スクール」では実際の電車の構造や材料にこだわった模型作りが紹介され、原氏が集めた海外の様々な鉄道関係資料が特別展示されました。2018年後半は田園都市株式会社の100周年と、東急車輛製造株式会社70周年及びステンレスカー60周年を記念して「東急電鉄展」を開催しています。

会社の歴史と共に、住宅ジオラマや資料で街の歴史も知ることができます。東急車輛製造株式会社は戦前は海軍航空工廠でした。それが2度の改称の後東急車輛製造株式会社となり、戦争で被災した車両の修復に活躍した会社です。

原鉄道模型博物館と縁の深い会社です。

また日本初のステンレスカーを生んだのが東急車輛製造株式会社です。これも博物館で鉄道の歴史の重要な1ページです。2018年イベント中は200形の一番ゲージ模型や原氏が造ったゼファー号も走行します。イベントとしてサポーターの集いも開催し、よい情報交換の場になっています。

2018年後半は博物館はまた11月25日までのヨコハマ乗り物フェスティバルの乗りものクイズラリーに参加しています。これは既に第5弾となるイベントで、原鉄道模型博物館の他に日本郵船氷川丸や日産グローバル本社ギャラリーなど6施設1店舗のコラボイベントです。

鉄道模型フェスティバルとは

これからも原氏の遺志は継がれていきます

原氏は2014年7月5日にこの世を去りました。その際には「いちばんてつもパーク」の前に「献車台」が設けられたそうです。原氏の気さくな人柄も手伝い、お別れの会では鉄道ファンや業界の関係者が集って氏や鉄道のことを語り合う暖かい時間が流れたようです。

お別れの会の主催者側の好意でしょう、「走っている姿こそが美しい」という故人の遺志を尊重し、普段は展示されている維持に大変手間のかかる電車たちもジオラマの中を走行しました。生涯で製作・収集した鉄道模型の数は約6000両といいます。

博物館はこれからも原氏の夢を走り続けさせることでしょう。博物館へは横浜駅から徒歩5分です。みなとみらい地区の横浜三井ビルディングの2階に入っています。